これで当社も少しは有名になったでしょうか、ね。

98年7月、当社では店頭市場への株式公開を果たしました。会社が誕生したのは1972年12月のことですから、ここまでに26年かかったことになります。当社は、(1)環境アセスメント事業、(2)ランドスケープデザイン、(3)行政計画・政策立案を柱にしている会社です。その当社が設立以来ずっと持ち続けてきたのが「会社は社会の財産であり、本来なら公開すべきもの」という考えでした。株式を公開したことで、各方面から「大人」の企業として厳しい目で見られ、逆に社会から認められる存在になるはずです。社員の仕事に対するプライドも一層大きくなることでしょう。そうなってこそ企業は一人前であると考えてきたのです。

当社ではこれまで、技術や品質を重視し、ほとんどそれだけで成長を遂げてきました。しかし、今回の店頭公開を機に、一企業に必要な機能をきちんと備えた展開をめざしています。技術営業の機能を一層強化により、とくに強力なプレゼンテーション能力を発揮。充実したサービスを提供できるシンクタンクとして展開していく考えです。

現在、当社では、東京の本社を中心に、大阪、横浜、福岡、名古屋、仙台に拠点を展開しています。そして、今年10月には那覇事務所を開設。今後も5年以内に、札幌、新潟、広島、高松に拠点を開設していく計画です。2003年3月には、現在180名の社員数を220名に、売上も現在の26億円から35億円へと拡大していく予定です。

一方、環境への取り組みが世界的に高まる中で、日本でも99年6月に環境影響評価法(環境アセス法)が施行されます。これによって、リゾート開発や大型公共事業などの大規模開発に伴う自然環境への影響の評価が開発主体に義務づけられるわけですが、より精度が高い、高品質な、ハイレベルの調査が要求されるようになります。それは、高い技術力を持った人材集団である当社の社会的役割が今まで以上に高くなることを意味しています。 あなたの知識や技術を今後の当社に注ぎ込んでほしいのです。

当社とは

“研究所”という言葉を社名に込めているのは、自らを“シンクタンク”として位置づけているためです。その当社のスタッフは、社長以下、各方面のエキスパートばかり。Ecology(動植物・土壌・水・大気などのサイエンティストやエンジニア)、Design(ランドスケープ、アーキテクト、建築家、プランナー、グラフィックデザイン、土木エンジニアなどが活躍する)、Computer Science(CAD、データベース、CGなど)の3分野を柱に、それぞれの分野の有能な人材が集まっています。

環境を柱にした事業展開

当社の仕事は多種多様に広がっています。環境アセスメントの際の動植物の調査や分析業務、レポート作成、公聴会の開催まで多岐にわたります。また、ランドスケープアーキテクトでは、動物園から博物館・総合運動公園・リゾート・レクリエーション施設とさまざま。最近では、景観デザインを重視した河川の護岸修復プロジェクトなども手がけています。さらに、都市計画関係では、都道府県の環境計画づくり、環境基本計画づくり、景観条例づくり、技術マニュアルの作成、都市緑化フェアの開催などがあります。意外なところでは、老人福祉・児童福祉、障害者のための町づくり、あるいは文化財保護などの“ソフト面”も当社の事業領域です。今年新たに広島の原爆ドームが世界遺産となりましたが、世界遺産への指定業務も当社がたんとうしたものです。このほか、コンピュータサイエンスの分野では、CAD、メッシュ解析システム、3DCG、景観シミュレーションシステムなどを手がけています。

たとえば、生態展示の動物園づくり

東京都の2001年ズーストック計画をご存じでしょうか。昔ながらの動物園から、生態に近い形での飼育や展示を行う理想的な動物園への移行をめざした計画です。当社ではいくつかの動物園のランドスケープデザインを担当。サイやバクは絶壁の水溝を造れば駆け上がってこないので、フェンスを低くして、子供の視線からも直接見られるように。それに、柵は金属製よりも、自然な感じの木を使って楽しく。というように、動物園の本来あるべき理想の姿を考え、創っていくプロジェクトです。プロジェクトに先駆けて、全米20カ所の動物園で研修を行ったほどです。もちろん、このプロジェクトは他分野にわたる当社の仕事の中の、ほんの一例です。

今までもこれからも、人が軸

当社では常に人を中心にすえたフラットな組織づくりを行ってきました。現在、本社の技術畑には7つのセクションがあります。そのほとんどは、リーダーにふさわしい優秀な人材が育つと同時に、一つのセクションとして独立したものです。また、九州事業所の開設は、当時、東京本社に勤めていた社員がどうしても九州の実家に戻らなくてはならなくなり、「それなら九州に拠点を作るから残ったらどうだ?」という話になったのがきっかけでした。その後、同じような経緯でできたのが東北事務所です。事業内容からもおわかりいただけると思いますが、当社の活動のすべての軸になっているのが人材です。社員の技術的水準が、そのまま会社の評価になると言っても過言ではないのです。